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東京地方裁判所 平成8年(ワ)17120号 判決 1998年9月30日

原告

株式会社ブックマン社

右代表者代表取締役

木谷仁哉

右訴訟代理人弁護士

佐藤雅巳

古木睦美

被告

Y

右訴訟代理人弁護士

北村行夫

市毛由美子

右訴訟復代理人弁護士

杉浦尚子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  事案の概要

本件は、写真集の出版などを業とする原告が、人気女性タレントである被告の所属していた芸能プロダクションとの間で、被告をモデルとして撮影した写真集を原告が出版する内容の出版契約を締結したが、被告が正当な理由もなく撮影を拒絶して、被告を写真集のモデルとして出演させるべき右芸能プロダクションの業務の履行を不可能ならしめ、原告の右芸能プロダクションに対する出版契約に基づく権利を侵害したと主張して、不法行為に基づき、被告の右行為によって被った損害の賠償を請求する事案である。

第二  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一億〇一四九万八三〇〇円及びこれに対する平成八年九月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第三  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、出版業を営む株式会社である。

(二) 被告は、タレントとして、芸能プロダクションである訴外株式会社オフィスフットワークス(以下「フットワークス」という。)との間で専属契約(以下「本件専属契約」という。)を締結していた。

2  被告の不法行為

(一) 原告は、平成六年七月、フットワークスとの間で、次のとおり、フットワークス所属のタレントであった被告をモデルとして撮影した写真を複製掲載した写真集を原告が出版する内容の出版仮契約(以下「本件仮契約」という。甲第一二号証がその契約書である。)を締結した。

(1) フットワークスは、被告を、原告が出版する写真集のモデルとして出演させる。

(2) 撮影期間は、平成六年九月から同年一〇月の間において、原告とフットワークスが協議して定める日とする。

(3) 写真には、被告のヘアヌード写真を含むものとする。

(4) 原告は、撮影した被告の写真を複製掲載して写真集を出版する。

(5) 写真集の予定価格は、三五〇〇円(本体価格三三九八円)とする。

(6) 原告は、フットワークスに対し、被告の出演料として、右写真集の初版分について本体価格の五パーセントに初版発行部数を乗じた金額(ただし最低保証額を二〇〇〇万円とする。)を支払う。

(7) 原告は、フットワークスに対し、右出演料のうち五〇〇万円を本件仮契約時に、五〇〇万円を撮影の七日前に、残金を初版発行時に、それぞれ支払う。

(二) 原告は、本件仮契約締結の際、フットワークスに対し、被告の出演料のうち五〇〇万円を支払った。

(三) ところが、被告は、その後、フットワークスが本件仮契約を締結したことを知り、かつ、フットワークス所属のタレントとして本件仮契約に基づく撮影に応じなければならないにもかかわらず、「ヘアヌード写真はいやだ。」などと言って、何ら正当な理由もなく撮影を拒絶した。

(四) そこで、原告は、平成六年一二月二七日、フットワークスとの間で、本件仮契約で定めた撮影内容などを変更して、以下のとおり、原告がフットワークス所属のタレントであった被告をモデルとする写真集(以下「本件写真集」という。)を出版する旨の契約(以下「本件出版契約」という。甲第一三号証がその契約書である。)を締結した。

(1) フットワークスは、被告を、本件写真集のモデルとして出演させる。

(2) 撮影期間は、平成七年二月二〇日から同月二八日までとし、撮影場所は、ハワイとする。

(3) 本件写真集には、被告のヘアヌード写真を含まないが、乳首を露出した上半身ヌード写真を含むものとする。

(4) 原告は、撮影した被告の写真を複製掲載して本件写真集を出版する。

(5) 本件写真集の予定発行日は、平成七年四月一〇日とする。

(6) 本件写真集の予定価格は、三八〇〇円(本体価格三六八九円)とする。

(7) 本件写真集の予定初版発行部数は、七万部とする。

(8) 原告は、フットワークスに対し、被告の出演料として、本件写真集の初版分について本体価格の五パーセントに初版発行部数を乗じた金額を支払う。

(9) 原告は、フットワークスに対し、右出演料のうち五〇〇万円を仮契約時に、五〇〇万円を本契約時に、残金を本件写真集の発行時に、それぞれ支払う。

(五) 原告は、本件出版契約締結の際、フットワークスに対し、被告の出演料のうち五〇〇万円を支払った。

(六) 被告は、芸能プロダクションであるフットワークスとの間で本件専属契約を締結し、被告の出演を内容とする契約を締結する包括的な権限をフットワークスに与えていた。したがって、被告は、フットワークスが締結した本件出版契約に基づく乳首を露出した上半身ヌード写真の撮影に出演すべき義務を負っていた。

なお、被告は、平成六年八月刊行の週刊プレイボーイ誌においてヌード撮影に応じ、また、本件出版契約が締結された同年一二月の翌月の同七年一月に封切られた映画「Zero WOMAN 警視庁○課の女」に出演して、乳首の露出を含むヌード撮影に応じていたこと、雑誌のグラビアで「これが見せられる限界」と述べたりしたことなどに照らしても、被告がフットワークスの締結する出演契約に従うことをあらかじめ承諾していたこと、及び、フットワークスの締結した本件出版契約に基づく乳首の露出を含む上半身ヌード写真の撮影に従うべき義務を有していたことが明らかである。

(七) 右のとおり、乳首の露出を含む上半身ヌード写真の撮影に出演することは、被告とフットワークスとの間の本件専属契約の範囲内の義務であったから、被告は、フットワークスの専属タレントとして、本件出版契約の締結を知っていたか否かにかかわらず、本件出版契約に基づく本件写真集作成のモデルとして出演する義務があった。

(八) フットワークスは、被告のマネージメント会社として被告の出演を内容とする契約を締結していたため、原告は、フットワークスが被告のマネージメント会社として行う行為についてはフットワークスがその権限を有しているものと信頼し、本件出版契約を締結した。そして、被告は、フットワークスをマネージメント会社とすることにより、フットワークスが被告の出演を内容とする契約を締結する権限を包括的に有するという外観を創出し、かつ、フットワークスの活動により利益を得ていたから、本件出版契約の内容が被告とフットワークスとの間の合意と異なるものであったとしても、本件出版契約に拘束される。

(九) ところが、被告は、その後、フットワークスが本件出版契約を締結したことを知り、かつ、フットワークス所属のタレントとして本件出版契約に基づく撮影に応じなければならなかったにもかかわらず、「セミヌード写真はいやだ。」などと言って、何ら正当な理由もなく撮影を拒絶し、これにより、本件出版契約に基づき被告を写真集のモデルとして出演させるべきフットワークスの義務の履行を不可能ならしめ、原告のフットワークスに対する本件出版契約に基づく権利を侵害した(以下、被告の右権利侵害行為を「本件不法行為」という。)。

3  本件出版契約の解除

そのため、原告は、やむを得ず、平成七年九月三〇日、フットワークスに対し、本件仮契約及び本件出版契約を解除する旨の意思表示をした。

4  原告の損害

原告は、被告の本件不法行為のため、本件写真集を出版することにより得ることができた一億〇一四九万八三〇〇円の利益を喪失し、これと同額の損害を被った。なお、右損害額の算定根拠は、次のとおりである。

(一) 初版七万部の売上額(本件写真集の本体価格は三六八九円であり、卸売価格割合はその七一パーセント) 一億八三三四万三三〇〇円

70,000×3,689×0.71=183,343,300

(二) 初版七万部分に係る経費

合計八一八四万五〇〇〇円

(1) 印刷、製本及び用紙代

三八五〇万円

(2) 出演料 一二九一万一五〇〇円

70,000×3,689×0.05=12,911,500

(3) カメラマン撮影料

一二九一万一五〇〇円

70,000×3,689×0.05=12,911,500

(4) ロケ・コーデネイト料七〇万円

(5) ヘアメイク料 七〇万円

(6) スタイリスト料(衣裳代を含む)

一二〇万円

(7) 旅費及び宿泊費(六人分)

二一〇万円

(8) 感材費用(フイルム代及び現像料等) 五〇万円

(9) レイアウト代 一〇〇万円

(10) レイアウト実費(版下及び写植等) 五〇万円

(11) 宣伝費 五〇〇万円

(12) 一般管理費五八二万二〇〇〇円

(三) 原告の逸失利益((一)の売上額から(二)の経費を差し引いた残額)

一億〇一四九万八三〇〇円

5  要約

よって、原告は、被告に対し、本件不法行為に基づく原告の逸失利益一億〇一四九万八三〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年九月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の(一)及び(二)の各事実は、認める。

2(一)  同2(一)の事実は、知らない。

(二)  同2(二)の事実は、知らない。

(三)  同2(三)の事実は否認する。

(四)  同2(四)の事実は、知らない。

なお、本件仮契約書(甲第一二号証)及び本件出版契約書(甲第一三号証)においては、契約の相手方がいずれもフットワークスの旧商号である株式会社ワールドワークスとされていることに照らせば、右各契約は、フットワークスとは法主体の異なる別会社との間で締結されたものであり、フットワークスとの間で締結されたものではないというべきである。

(五)  同2(五)の事実は、知らない。

(六)  同2(六)のうち、被告が平成七年一月に封切られた映画「Zero WOMAN 警視庁○課の女」に出演したことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

タレントと所属プロダクションとの間の専属契約は、プロダクションに無制限にタレントの出演契約を締結し、タレントを拘束することができるような包括的権限を授与するものではない。仕事の選択については、タレントの個別の了承を得ることが原則的に必要であり、業界の一般的慣行となっている。特にヌード等タレントの人格に深くかかわる業務については専属契約締結時にヌード等の業務を含むというタレント自身による自発的かつ積極的な合意がある場合又はヌード等の業務ごとにタレントの個別の承諾がある場合にのみ、タレントに出演義務が生じる。タレントの承諾なく当然にヌードとなる義務を生じさせる専属契約は、タレントの人格に対する侵害であり、公序良俗に違反して無効というべきである。ところで、本件出版契約は、被告の乳首を露出した上半身ヌード写真の撮影を含むもので、タレントである被告の人格に深くかかわる業務であるが、被告とフットワークスとが口頭で本件専属契約を締結した際、フットワークスの締結した契約に応じるべき被告の業務内容にヌード等の業務を含むという被告の自発的かつ積極的な合意はなく、右の業務内容にヘアヌード又はセミヌードの仕事は含まないことを合意していた。本件出版契約は、フットワークスの代表者であった訴外澤藤保(以下「澤藤」という。)が被告に無断で原告との間で締結した契約であり、被告が本件出版契約に個別に承諾した事実はない。

なお、平成六年八月刊行の週刊プレイボーイ誌には被告の水着写真が掲載されているが、これは、被告が右写真撮影に応じる旨の個別の承諾をしたことに基づくものである。また、被告は、澤藤が無断で、被告のヌード撮影をする条件で平成七年一月に封切られた映画「Zero WOMAN 警視庁○課の女」の出演契約を締結したことを知ったため、台本の変更を要求し、その変更がされているものと考えて撮影に臨んだところ、その変更がされていないことを知ったが、既に撮影が進行していたため、編集段階で被告のヌードの場面をカットすることを約束して撮影に応じたにもかかわらず、右約束に反してカットされることなく映画が封切られてしまったものであって、ヌードとなることを承諾したことはなかった。

(七)  同2(七)の事実は否認し、主張は争う。

(八)  同2(八)の事実は、否認する。

(九)  同2(九)の事実は否認し、主張は争う。

被告は、仮に本件出版契約に基づく撮影に応ずべきであったとしても、自己の人格的利益を守るために乳首を露出した上半身ヌード写真の撮影を拒否し得るものというべきであるから、被告が撮影を拒否した行為は、原告がフットワークスに対して本件出版契約に基づき被告を写真集のモデルとして出演させることを要求する権利を侵害した不法行為と評価されるような違法性を有しない。

また、被告は、本件写真集の撮影予定時期には、フットワークスの命に従いテレビドラマの収録に出演していたから、右の撮影と収録とは両立し得ないものであり、被告が本件出版契約に基づく撮影に応じなかったことにつき違法性はない。

なお、被告が本件仮契約及び本件出版契約の存在を知ったのは、平成七年三月ころに至ってであった。

3  同3の事実は、知らない。

4  同4の事実は、知らない。

第四  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一  請求原因について

一  争いのない事実

請求原因1の(一)及び(二)の各事実、同2(六)のうち、被告が平成七年一月に封切られた映画「Zero WOMAN 警視庁○課の女」に出演したことは、当事者間に争いがない。

二  事実経過

右争いのない事実に、証拠(甲第一ないし第一六号証、第四五ないし第四七号証、乙第一号証、第七、第八号証、第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし四、証人中島伸夫、原告代表者)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

1(一)  原告は、出版業を営む株式会社である。

(二)  被告は、タレントとして、平成三年ころから同七年四月ころまで、芸能プロダクションであるフットワークスとの間で本件専属契約を締結していた。なお、フットワークスは、平成三年一一月一日、旧商号である「株式会社ワールドワークス」から「株式会社オフィスフットワークス」へと商号が変更され、同四年三月一三日にその旨の登記がされた会社であるが、同七年四月に倒産して、同年七月一日に解散し、同月一三日にその旨の登記がされた。そのため、被告は、平成七年四月にフットワークスが倒産した後は、タレントとして、訴外株式会社ヒロ・エンターテイメント(以下「株式会社ヒロ」という。)に所属している。

(三)(1)  なお、被告とフットワークスとの間の本件専属契約においては、その契約内容や条件を定めた契約書が作成されておらず、被告は固定給の報酬を得ていた。

(2) また、被告は、本件専属契約の締結時に、フットワークスとの間で、あらかじめフットワークスが要請するすべての業務への出演に応ずる旨の合意をしたことはなく、上半身ヌード写真の撮影などの業務への出演に応ずる旨の合意をしたこともなかった。

(3) そのため、被告は、フットワークスの代表者であった澤藤が獲得してくる映画やテレビなどの出演契約については、いかなる場合にも無条件でこれに応じていたわけではなく、澤藤から出演の要請を受けた都度、これに応ずる旨の承諾をしたときに限り、右要請に係る出演に応じてきた。

2(一)  原告は、平成六年七月、フットワークスの代表者であった澤藤との間で、次のとおり、フットワークス所属のタレントであった被告をモデルとして撮影した写真を複製掲載した写真集を原告が出版する内容の本件仮契約(甲第一二号証がその契約書である。)を締結した。

(1) フットワークスは、被告を、原告が出版する写真集のモデルとして出演させる。

(2) 撮影期間は、平成六年九月から同六年一〇月の間において、原告とフットワークスが協議して定める日とする。

(3) 写真には、被告のヘアヌード写真を含むものとする。

(4) 原告は、撮影した被告の写真を複製掲載して写真集を出版する。

(5) 写真集の予定価格は、三五〇〇円(本体価格三三九八円)とする。

(6) 原告は、フットワークスに対し、被告の出演料として、右写真集の初版分について本体価格の五パーセントに初版発行部数を乗じた金額(ただし最低保証額を二〇〇〇万円とする。)を支払う。

(7) 原告は、フットワークスに対し、右出演料のうち五〇〇万円を本体仮契約時に、五〇〇万円を撮影の七日前に、残金を初版発行時に、それぞれ支払う。

(二)  原告は、本件仮契約締結の際、フットワークスに対し、被告の出演料のうち五〇〇万円を支払った。

(三)  澤藤は、本件仮契約締結の際には、被告から、本件仮契約に基づく撮影に応ずる旨の承諾を得ていなかった。

3(一)  原告は、その後の平成六年一二月二七日、フットワークスの代表者であった澤藤との間で、本件仮契約で定めた撮影内容などを変更して、以下のとおり、原告がフットワークス所属のタレントであった被告をモデルとする本件写真集を出版する旨の本件出版契約(甲第一三号証がその契約書である。)を締結した。

(1) フットワークスは、被告を、本件写真集のモデルとして出演させる。

(2) 撮影期間は、平成七年二月二〇日から同月二八日までとし、撮影場所は、ハワイとする。

(3) 本件写真集には、被告のヘアヌード写真を含まないが、上半身ヌード写真を含むものとする。

(4) 原告は、撮影した被告の写真を複製掲載して本件写真集を出版する。

(5) 本件写真集の予定発行日は、平成七年四月一〇日とする。

(6) 本件写真集の予定価格は、三八〇〇円(本体価格三六八九円)とする。

(7) 本件写真集の予定初版発行部数は、七万部とする。

(8) 原告は、フットワークスに対し、被告の出演料として、本件写真集の初版分について本体価格の五パーセントに初版発行部数を乗じた金額を支払う。

(9) 原告は、フットワークスに対し、右出演料のうち五〇〇万円を仮契約時に、五〇〇万円を本契約時に、残金を本件写真集の発行時に、それぞれ支払う。

(二)  原告は、本件出版契約締結の際、フットワークスに対し、被告の出演料のうち五〇〇万円を支払った。

(三)  澤藤は、本件出版契約締結の際には、被告から、本件出版契約に基づく撮影に応ずる旨の承諾を得ていなかった。

4  原告は、本件仮契約を締結した平成六年七月から同七年三月ころまでの間は、専ら澤藤との間でのみ契約締結の交渉をしており、被告のマネージャーに対して本件出版契約の存在を通知したのは、同年三月ころに至ってであった。

5  そのため、被告は、平成七年三月ころに至って、初めてフットワークスの代表者である澤藤が被告の承諾を得ることなく、本件仮契約及び本件出版契約を締結したことを知り、原告に対し、その後、本件出版契約に基づく撮影に応ずることを拒絶した。

三 タレントと所属プロダクションとの間の専属契約の性質

1 タレントは、芸能プロダクションとの間で専属契約を締結した後に、所属プロダクションから、上半身ヌード写真の撮影などタレントの人格ないし名誉に重大な影響を及ぼす可能性のある業務への出演の要請を受けた場合には、あらかじめ専属契約の締結時に右のような業務への出演に応ずる旨の合意をしたとき又は右のような業務への出演の要請を受けた際にこれに応ずる旨の個別の承諾をしたときに限り、所属プロダクションに対し、右のような業務への出演に応ずる義務を負うに至るものと解するのが相当である。

2 したがって、タレントは、あらかじめ専属契約の締結時に右のような合意をしたとき又は出演の要請を受けた際に個別の承諾をしたときを除いては、所属プロダクションに対し、上半身ヌード写真の撮影などタレントの人格ないし名誉に重大な影響を及ぼす可能性のある業務への出演に応ずる義務を負わないものというべきである。

四  本件出版契約に基づく撮影に応ずべき義務の有無

前記二及び三の認定説示を総合すると、(一) 被告は、本件専属契約の締結時に、フットワークスとの間で、あらかじめフットワークスの要請するすべての業務への出演に応ずる旨の合意をしてはいないし、上半身ヌード写真の撮影などの業務への出演に応ずる旨の合意もしてはいないこと、(二) 被告は、フットワークスに対し、本件仮契約及び本件出版契約に基づく撮影に応ずる旨の個別の承諾をしてはいないこと、(三) したがって、被告は、その所属プロダクションであるフットワークスに対してのみならず、原告に対しても、本件出版契約に基づく撮影に応ずべき義務を負っていなかったこと、以上の諸点が明らかである。

五  原告の本件請求の当否

1  請求原因2(六)の主張

(一) 被告が本件専属契約において被告の出演を内容とする契約を締結する包括的な権限をフットワークスに与えていた事実は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。

(二) したがって、右の事実の存在を前提とする原告の請求原因2(六)の主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。

2  請求原因2(七)の主張

(一) 上半身ヌード写真の撮影に出演することが被告とフットワークスとの間の本件専属契約の範囲内の義務であった事実は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。

(二) したがって、右の事実の存在を前提とする原告の請求原因2(七)の主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。

3  請求原因2(八)の主張

(一) 被告が、フットワークスをマネージメント会社とすることにより、フットワークスが被告の出演の内容とする契約を締結する権限を包括的に有するという外観を創出した事実は、本件全証拠によってもこれを認めることができない。

(二) したがって、右の事実の存在を前提とする原告の請求原因2(八)の主張は、その余の点について判断するまでもなく、採用することができない。

4  請求原因2(九)の主張

(一) 前記の認定説示のとおり、被告には本件出版契約に基づく撮影に応ずべき義務はなかった。

(二) したがって、右義務の存在を前提とする原告の請求原因2(九)の主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

5  小括

以上のとおり、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由のないことが明らかである。

第二  結論

よって、原告の被告に対する本件請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官井上繁規)

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